2017年04月20日

関西旅行2017(3) - 宇治神社・宇治上神社


第2日目は宇治神社・宇治上神社・平等院・伏見稲荷大社(稲荷神社)でしたが、今回は宇治神社宇治上神社です。



JR「宇治駅」に着いた時は平等院を先に拝観するつもりでいましたが、宇治橋の近くにある「紫式部石造」(こちら)を見た後、何気なく宇治橋を渡ってしまいました。渡り切った所で京阪「宇治駅」が見えた所で誤りに気が付きましたが、順番が逆になるだけなのでそのまま進む事にしました。



尚、「紫式部石造」は源氏物語の後半部分の十帖が宇治に関わるものである事から創設しています(こちらを参照)。その他にも朝霧橋東詰で椿「光源氏」の紹介をするなど・・・(こちらこちら)





先ず、宇治神社へ。参道から拝殿(桐原殿)を撮った所がこちら



拝殿の背後に本殿があります(こちら)。




近くに「宇治上神社」に関わる表示が見当たらなかったので少し迷いましたが、更に「さわらじの道」を奥へ少し進む事で「宇治上神社」に参拝できました(こちら)。




拝殿(正面:こちら。後ろからがこちら)の背後に本殿があります(こちらこちら)。





本殿は神社建築としては現存最古との事。拝殿・本殿の何れも国宝です。



ここまでをGoogle地図でこちらにまとめました。



 
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2017年04月18日

関西旅行2017(2) - 姫路城(2)


前回姫路城(Himeji Castle)で天守閣の最上層で市街の景色を眺望した所まででした。天守閣を出てルートに従って進むと、古墳の石棺を使った城壁の一部(こちら)や播州皿屋敷で知られる怪談噺所縁の「お菊井戸」(こちら)を見る事ができます。





更に修理修復に伴って保存されているも、明治・昭和・平成と比較して見る事もできます(こちら。但し、平成版は現状の鯱の同型のもの)。




「菱の門」に戻った所で(こちら)、標識により左後方の階段を上り「西の丸」跡に進みました。




Google地図のこちらも参照(要ズームイン)。




西の丸跡は桜が満開(こちら)。




こちらのような廊下を抜けて長局(百閒廊下)を歩きました。女中たちが暮らしたという部屋(こちら)や千姫が使用したという化粧櫓にある技巧を凝らした内部(こちら)も見る事ができました。






化粧櫓を出て西の丸北門跡の所から天守閣を撮ったこちらは、私が姫路城で一番気に入ったポイントの写真です。




最後に、姫路から大阪のホテルに移動する電車から「明石海峡大橋(Akashi Kaikyō Bridge)」を撮る事ができました(こちら)。



 
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2017年04月15日

関西旅行2017(1) - 姫路城(1)


今回の関西旅行の最初の目的地は姫路城(Himeji Castle)でした。低気圧が日本を通過する予報から、羽田空港を飛び立つ時点で「羽田に引き返すか、関空に向け先変更になるかも知れない」と条件付き飛行を宣言され、機内サービスが途中で取りやめになる程かなり揺れました。それでも問題無く伊丹空港に到着、リムジンバスで新大阪へ、そして新快速で姫路へ直行でした。



姫路へ向かう車内で大きい旅行スーツケースを上部の棚に乗せようとした人がいて、隣に座っていた人が注意したのをきっかけに、暫くその人と話ができたのも楽しい時間になりました。


低気圧が通り過ぎている事を期待したのですが、残念ながら姫路駅に着いても強い風は吹いていなかったもののシッカリ降っていました。駅ビルの直ぐ外に姫路城をメインストリートの先に見る事の出来る2Fの展望スペースがあり、そこから撮ったのがこちら


雨さえなければ歩いて行ける距離ですが、気弱にもバスに乗りました・・・(夕方には雨は止んでいましたので、戻りは徒歩でした!)。



Google地図でこちらになります。




内堀の橋を渡り「大手門」を通った所は「三の丸跡」で、広場を囲む形で桜が(少し散り始めていましたが・・・)満開になっていました。桜のトンネルを通りながら天守閣を撮った所がこちら




姫路城の構成はこちらです。




「菱の門」(こちら)を通った所で、大きく天守閣に進むコースと西の丸へ行くコースに分かれます。



先ず天守閣コースに進む事にしました(こちら)。




早速のこちらが「はの門」に向かう「将軍坂」。TVドラマ「暴れん坊将軍」の撮影で使われたからとの事。


右側「南方土塀」の狭間も見所の一つ。他に007シリーズ「007は二度死ぬ」でも使われています(こちら)。



天守閣に入った所で城内の様子(西の丸跡の方向)を撮ったのがこちら


桜の木の多いのが分かります。



天守閣の内部の様子がこちらこちら





天守閣は五層6階建てになっていて、最上層には「長壁神社」が祀られています(こちら)。




市街を見渡せる最上層の窓からの景色が素晴らしい(こちらこちら)。





姫路城については未だ続きます。


 
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2017年04月14日

造幣局の桜通り抜けなどで楽しんで、関西から帰宅


昨夜遅く関西から帰宅しました。詳細は後刻別途投稿しますが、今回は昨日(4月13日)の大阪造幣局の桜の通り抜けと大阪城での桜です。



大阪造幣局の通り抜けで、地下鉄「天満橋」駅から南門へ入りました。入門時の待ち時間は(平日だから?)ありませんでしたが、構内は写真を撮る人達が多く、ゆっくりと鑑賞する人達を合わせて大変混雑していました。それでも十分に堪能できました。


全国的に開花の時期が遅れた事もあって、姫路城などでもソメイヨシノは「散り始め」の状況でしたが、大阪造幣局で育てる八重桜系は満開時期が遅れているようで、蕾の状態の種も多くみられたのは残念でした。それでも咲いている枝は非常に豪華な花をつけていました。




その後大阪城の西の丸庭園の桜も鑑賞しました。



 
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2017年04月13日

京都・宇治の平等院と伏見稲荷神社を拝観【改訂】

昨日(4月12日)は京都・宇治の平等院と伏見稲荷神社を拝観しまた。



平等院では鳳凰堂の外装修復が行われ、平安時代の色彩を再現したそうです。低気圧の通過があったので背景に青天を期待したのですが・・・、それでも素晴らしい姿を見せてくれました。

宇治上神社と宇治神社にも参拝できました。


昼食後は伏見稲荷神社に向かいました。JR「稲荷駅」の改札口を出ると、強い日差しが辺りを明るく照らしたのは偶然としても、もしかしてこれは何かの啓示か・・・

さて拝殿で参拝後、背景の山頂に向けて続く鳥居をくぐりながら、山頂の第一峰まで行きました。




今日は大阪造幣局の桜の通り抜けを中心に、市街を巡った後に関西を発つ予定です。


ホテルのPCを借用して投稿していますが、2台あるPCの内SDメモリーの読み取り装置を装着しているPCが使われており(交替してもらえる雰囲気ではない・・・)、各々への写真掲載は別途改訂登録します。


【改訂】 2017年04月14日 02:00 画像追加



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2017年04月12日

姫路城を満開の桜と共に観てきた

現在大阪のホテルです。今回はホテルのPCを借用しての投稿です。

航空会社の貯まったマイレージを使って昨日(4月11日)伊丹空港に来て、直ぐに姫路城に行ってきました。

桜が満開で(強い風で若干散っている所も見られましたが・・・)、お城が非常に映えていました。


今日は京都宇治の平等院を中心に観に行きます。詳細は帰宅後に別途投稿します。



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2016年05月06日

出雲地方の旅行記(15) - 立久恵峡


第3日の2番目の観光地は、石見銀山から出雲空港に行く途中にある「立久恵峡」でした。「立久恵峡」はこちらでも紹介しています。

「立久恵峡」の観光案内図がこちら


「わかあゆの里」公園には広い駐車場があり、ビューポイントにある(・・・と思われる)「不老橋」との間の神戸川両岸を巡回散策するには最適です(その他には駐車場は殆どなし。不老橋近くに数台は可能)。



「不老橋」で視線を上流(左)から順に移して撮ったのがこちらこちらこちらこちらこちらです。






紅葉の時期だったらもっと綺麗だったでしょう・・・



これで2泊3日の出雲地方旅行を終えて出雲空港から首都圏に帰ってきました。名前の良く知れた所が中心になりましたが、見所はもっとあったと思います。一部ですが出雲の神話に触れられたのも良かった。再び出雲を訪れる機会ができたらいいな~!


 
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2016年05月05日

出雲地方の旅行記(14) - 羅漢寺・五百羅漢


石見銀山の鉱床は、福石鉱床と永久鉱床の2つがありました(こちら)。




今回観光した「龍源寺間歩」などは永久鉱床になります。仙ノ山の頂部の福石鉱床は初期に主に露天掘りで行われ、高品位の銀を含有する鉱石を採掘していましたが、採り尽くしてしまいました。


これで石見銀山の「龍源寺間歩」観光は終えましたが、別に「大久保間歩 一般公開限定ツアー」があります。




石見銀山見学でレンタカーを泊めた駐車場の近くに羅漢寺があります(こちら)。



特に五百羅漢が有名で、こちらに収められています。




一般的に「五百羅漢」は全国に多数あり、各々の像の表情は異なります。五百羅漢を撮影できませんので、パンフレットからスキャンした画像がこちら


思索にふける顔、後ろと話し込んでる様子、笑っている所など色々です。



近くには街並み地区もありますが、もう1ヶ所寄りたい所もあって石見銀山での観光は終える事にしました。


 
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2016年05月04日

出雲地方の旅行記(13) - 石見銀山(4)


前置きが大分長かったようですが、いよいよ「龍源寺間歩(まぶ)」です。入口付近の様子がこちら


右の建物は入場券の販売所。


「龍源寺間歩」は、鉱脈に沿って掘り進む方法に比べ、より大規模な採掘方法を採用し、代官所の事業として行われました。ある程度鉱脈の状況が分かると鉱脈を貫く水平な横坑を掘り、鉱脈が見つかるとそれに沿って採掘していく方法です。

横坑は採掘して鉱石の搬出にも使われましたので、こちらの入口と同じ(人は少し屈めば歩ける)程度の大きさになっています。




「龍源寺間歩」の全体はこちらの様になっています。右の青色の「新坑道」は観光用に出口として最近作られたものです。


構内はこちら



鉱脈に沿った採掘用の坑道は、人一人が四つん這いになって進む或いはしゃがんで作業をする必要がある程に狭いです。当時の坑道内の作業をしている挿絵がこちら




「龍源寺間歩」の出口は入口と離れており、元の道に戻るまでの間に「佐毘売山神社」がありました(こちら)。



 
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2016年05月03日

出雲地方の旅行記(12) - 石見銀山(3)


石見銀山の「龍源寺間歩(まぶ)」への散策の続きです。カタログから抽出した散策マップをこちらに再掲しておきます。


「龍源寺間歩」に至る両側の崖が迫る道の途中のいたる所にも、「間歩」があります。こちらは「新切間歩」で、階段を登り切った右の小さい穴が坑道入口です。



こちらは「福神山間歩」です。


写真の坑道以外に直ぐ横に2か所の入口があります。


各「間歩」には番号が付けられ、600ぐらいあるとされます(こちらを参照)



鉱床は火山の影響で熱水の活動でできたもので、母岩の岩石そのものに銀を溶かした熱水(鉱液)が染み込んで鉱石に変化した鉱床です。隙間だらけの火砕岩に、熱水がしみ込む隙間の数センチが鉱脈になり、この鉱脈に沿って掘り進みました。主に山師(銀山経営者)が代官所の許可を受け自己資金で鉱脈を探査します。鉱脈を見つけると代官所の立ち合いの下で山師が入札を主宰し、実際に採掘する請負人が決まります。



少し鉱脈の話しからそれますが、途中に要害山にある「山吹城跡」へのトレッキングコース入口があります(こちら。奥の山頂が城跡)。


戦国時代に「石見銀山」の争奪戦で、出城として戦の戦場となりました。


もう一つ、目的する「龍源寺間歩」近くに「町年寄山組頭」の「高橋家遺宅」があります(こちらこちら)。「町年寄山組頭」は山師の代表で代官所への取次ぎをしました。




当時の裕福さが分かります。


 
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