2018年02月15日

ポルトガル紀行2018(4) - 「ジェロニモス修道院」 サンタマリア教会


第2日目でリスボンの市街から少し離れたテージョ川(タホ川、Tagus、Tejo)沿いでは、「発見のモニュメント(Padrão dos Descobrimentos)」と「ベレンの塔(Belém Tower)」に続いて、「ジェロニモス修道院(Jerónimos Monastery)」に行きました(こちら)。




直線距離としては僅かですが、(上下線のある)道路が2本ある間に電車の線路があり、遠回りして線路を越えました。「ジェロニモス修道院」に着いて第一に驚いたのがその大きさ(こちらこちらこちら)。








豊富な資金を投入しただけあってさながら宮殿。尤もここでいう修道士は「キリスト騎士団」です。マヌエル様式(Manueline)の最高傑作との事ですが、ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)によるインド航路開拓及び、エンリケ航海王子(Prince Henry the Navigator)の偉業を称え、1502年にマヌエル1世(Manuel I of Portugal)によって着工されたと聞けば、歴史的な裏付けや資金状況もポルトガルの黄金期を理解できます。



見学はサンタマリア教会(Church of Santa Maria)と修道院(Monastery)でした。上掲3枚組写真の2枚目・3枚目の豪華な入口が南口ですが、使うのは特別な時だけです。見学では西口から入りましたが、それでもこちらのような装飾です。




西口を入って直ぐの左側にヴァスコ・ダ・ガマの棺を安置しています(こちら)。




内装も特に柱の装飾を中心に豪華です(こちらこちらこちらこちら)。










回廊を含む修道院部分は次回にします。


 
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2018年02月14日

ポルトガル紀行2018(3) - 「ベレンの塔」


第2日目はリスボンの市街からは少し離れたテージョ川(タホ川、Tagus、Tejo)沿いにある「発見のモニュメント(Padrão dos Descobrimentos)」から始まりましたが(前回はこちら)、2番目の観光地は近くの「ベレンの塔(Belém Tower)」でした(こちら)。


ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)の世界一周の偉業を記念して作られたテージョ川の船の出入りを監視する要塞です。今回は特に入城の時間もありませんでした。



現在は 「ベレンの塔」に接続してトーレ・デ・ベレーン庭園(Jardim da Torre de Belém[ポルトガル語])がありますが(こちらを参照)、創建時は陸から200m以上川岸から離れていたそうです。




1922年に南大西洋を初めて横断した(First aerial crossing of the South Atlantic)のがポルトガル人であったのを記念して、こちらのモニュメントが近くにあります。


異なるの3機を使っていました。

尚、大西洋(実際は北大西洋)を初めて横断(しかも無着陸)した(Transatlantic flight of Alcock and Brown)のは、1919年にイギリス人が達成していますが、イギリス人による北大西洋の場合はアイルランドからカナダ・ニューファンドランド・ラブラドール州まで3,040 kmであるのに対し、ポルトガル人による南大西洋の場合はポルトガルからブラジル・リオデジャネイロまでの総計:8,383 kmでした。



次回は「ジェロニモス修道院」です。


 
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2018年02月13日

ポルトガル紀行2018(2) - 「発見のモニュメント」で歴史を知る


第2日目が実際の観光のスタートです。最初はリスボンの市街からは少し離れたテージョ川(タホ川、Tagus、Tejo)沿いにある「発見のモニュメント(Padrão dos Descobrimentos)」です(こちら)。



記念碑自体は1940年の国際博覧会の象徴として作られ、1960年に再制作していますので観光対象になりえませんが、側面に並ぶ像でポルトガルの過去の栄光である大航海時代(15世紀半ばから17世紀半ば)に活躍した人物を知る事に意味があります。



東側(こちら)と西側(こちら)の両面に人物像が並びます。






西側には日本で知られる人はいませんが、東側には、フランシスコ・ザビエル(日本へキリスト教を伝道)、ヴァスコ・ダ・ガマ(インド航路発見)、フェルディナンド・マゼラン(世界一周を達成)がいます。

但し、マゼラン自身は途中で亡くなっており、彼が率いた艦隊が継いで達成しています。

「発見のモニュメント」に並ぶ人物の中に天文学者や数学者もいて、航路での位置を知る役割を果たしました。


先頭に立つのがエンリケ航海王子(Prince Henry the Navigator)で、探検航海者をパトロンとして援助・指導しました。

若い時にイスラーム勢力との攻略戦に参加し、現地のイスラム貿易の状況を知る事で、インドから香辛料などを独自に求める必要性を自覚したといいます。即ちインドに至るルートとして、イスラーム勢力が握る中東などを避けるルートの開拓が必要であるとの認識でした。


もう一つ、パトロンとして探検航海者を援助する時の資金です。ローマ教皇が廃止したテンプル騎士団を、ポルトガルだけが保護しその資産を引き継ぐなどしてキリスト騎士団を作りました。後にエンリケ王子がキリスト騎士団の指導者となります。この騎士団の莫大な資産がパトロンとしての資金になった訳です。



このような歴史を最初に知る事で、各観光地が歴史的に繋がっている事を認識できる良いスタートポイントであると旅行プランに感心しました。



記念碑の前の広場には大きな世界地図があり、ポルトガル人が各地に到達した年が刻まれています(こちらこちら)。






前回も紹介した「4月25日橋(25 de Abril Bridge)」が近くに見えます(こちら)。


橋の対岸には「クリスト=レイ像( Sanctuary of Christ the King)」が見えます。


 
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2018年02月10日

ポルトガル紀行2018(1) - リスボンでテージョ川に架かる橋【改訂】


今回から2月1日から7日までポルトガル(Portugal)に旅行した時の写真を中心に投稿していきます。

第1日目は午前中に成田空港を離陸し、仏国パリ=シャルル・ド・ゴール空港(Charles de Gaulle Airport)経由で20時間以上掛かって、現地時間の同日夜遅くにはポルトガル・リスポンのウンベルト・デルガード空港(Humberto Delgado Airport、Lisbon Airport、Portela Airport)に着いてそのままホテルに直行でした。

ホテルはリスボン(Lisbon)市街とはテージョ川(タホ川、Tagus、Tejo)を挟んだ対岸のセトゥーバル県(Setúbal District)モンチジョ(Montijo)にありました。



リスボンがあるテージョ川の河口付近は非常に広く、湾のようになっています。そこに架かる「ヴァスコ・ダ・ガマ橋(Vasco da Gama Bridge)」を渡ってホテルに向かいました。当日は暗くて写真は撮れませんが、モンチジョのホテルには3連泊でしたから、3日間リスボンに通勤するが如くこの橋を3回往復しました。全長17㎞もありこちら




リスボン近郊でテージョ川に架かる橋として「4月25日橋(25 de Abril Bridge)」があります(こちら)。


右側がリスボン市街です。こちらは2日目の観光の中でもっと近くから見る事になります。



リスボン市街の面積は小さいのですが、リスボン都市圏(Lisbon metropolitan area)としては300万人が暮らしています。リスボン市街は人口密度が高いので、ホテルのあるモンチジョなどは新興住宅地となっていて、実際にホテルの周辺も新しい家々が取り囲んでいました。道路と橋が整備されているので、市街へは30分ほどで行けますが、市街はやはり渋滞するようです。



リスボン近郊の各種ポイントをこちらに掲載します。




【改訂】 2018年02月10日 10:55 ヴァスコ・ダ・ガマ橋の写真差替え


 
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2018年02月07日

ポルトガル旅行から帰国しました


無事に成田着、帰国しました。


ポルトガル・ポルト空港からフランス・パリ(ドゴール空港)へは、乗り継ぎ時間 1時間しかない中、10分遅れで出発&到着しました。時間がない(そして最終搭乗グループ)という事で空港スタッフの先導により、セキュリティーの優先チェックを受けた上にターミナル間は(通常は電車&徒歩の所を)バス移動しました(尤も搭乗ゲートが最も端になっていたので、小走りになり一苦労・・・)。


一方、パリでは前日から小雪が降っていました(こちら)。




乗り継ぎ荷物の移動に時間が掛かり、滑走路の簡単な除雪を行ったりしていたので、結局パリ発は予定より1時間遅れになりました。成田到着もそれを取り戻せず1時間遅れでした。


以上が帰国時の顛末記(?)です。



パリ離陸以降は極めて順調でした。中央側の座席だったので写真を撮れませんでしたが、富士山が晴天の中に見えた時は長い飛行時間の疲れもスッカリ取れた気になりました。


 
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ラベル:ポルトガル2018
posted by 鎌倉太郎 at 16:39| 神奈川 ☀| Comment(0) | 日記-ポルトガル旅行 | 更新情報をチェックする

2018年02月06日

ポルト空港から、パリ経由帰国します


現在はポルト空港にいます。現地時間2月6日8時30分です。パリ乗り継ぎで、帰国します。ボーディングまで少し時間がありますが、パリの乗り継ぎ時間が1時間しかなく、添乗員からは走る必要があるかも・・・と言われています。



日程は7日間ですが、移動と帰着時間から実質4日間の観光となりました。当地の観光では季節外れなのか、観光客が非常に少なく、全て予定通りに進んだので、若干拍子抜けの感がります。

世界各地で寒いという報道があり統治でも気温が低いと言われながら、ポルトガルでは結果的に東京と変わりのない気候であり、雨に降られたのはオビドス観光の時だけでした。



航空機上で過ごす時間が長くなりますが、頑張って帰国したいと思います。


 
ラベル:ポルトガル2018
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第五日はスペイン・ガルシア地方にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラ大聖堂


第五日はポルトガルから国境を越えて、スペイン・ガルシア地方にあるサンティアゴ・デ・コンポステーラに行きました。目的は当然大聖堂です(こちら)。




サンティアゴ・デ・コンポステーラは雨の多い土地だと言われましたが、"神のご加護"(?)か良く晴れた日だったのは幸いでした。スペインでは降雪を含む寒波に襲われていて、空港などで欠航が出るなどの報道もある中、冷たい風が吹く程度で済みました。


季節外れのせいなのか、商店は閉めている所が多く、人通りが少なめだとの事(こちら)。


お陰で時間通りの観光ができました。



大聖堂は残念ながら一部工事中でした(こちら)。




内部も聖ヤコブの祭壇頭上にはネットを張っていました(こちら)。




我々観光客としての訪問者には"神のご加護"は無いでしょうが、何組かの巡礼者を見かけましたので、彼ら・彼女らへのご加護を分けてもらったのでしょう、ポルトガルの旅行も無事に帰国できそうです。



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2018年02月05日

第四日目はコインブラとポルトを訪問

第四日目は北の方向に足を延ばして、コインブラとポルトを訪問しました。

コインブラではコインブラ大学(こちら)とサンタクルス修道院(こちら)の観光でした。




コインブラ大学では旧図書館の内装が素晴らしまったのですが、残念ながら撮影ができませんでした。



ポルトでは大聖堂(こちら)とサンフランシスコ教会(こちら)でした。




サンフランシスコ教会の内装は"超豪華"でしたが、こちらも撮影できませんでした。絵葉書を土産にしましたので投稿できるかも知れません。


もう一つの「ドン・ルイス1世橋」(こちら)では、橋梁上と川辺から見られたのは良かった。





 
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2018年02月04日

第三日目はトマールとバターリャの修道院に、「谷間の真珠」村へ


第三日は前日よりも少し北の方向に足を延ばし、トマールのキリスト教修道院(こちら)やバターリャの修道院(こちら)などを観光し、「谷間の真珠」と呼ばれるオビドス村(こちら)にも寄りました。









雨が降る予報があったので、心配しながら観光していたのですが、オビドスで降り始めました。幸いにも風が殆どなかったので助かりました。


3連泊でリスボンに戻っていますが、明日には更に北部に向かいますので、次のホテルに向けてここはチェックアウトします。


 
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posted by 鎌倉太郎 at 08:00| 神奈川 ☀| Comment(0) | 日記-ポルトガル旅行 | 更新情報をチェックする

2018年02月03日

第二日はリスボン近郊


第二日はリスボン近郊でした。

先ずはジェロニモス修道院(こちら)、ベレンの塔(こちら)、そして発見のモニュメント(こちら)です。








シントラという町に移って、夏に涼をとったという王宮(こちら)。


バスコダ・ガマを始め名前を聞いただけで、何れも「大航海時代」という歴史の重みを感じる場所でした。



そしてユーラシア大陸の最西端のロカ岬に行きました(こちら)。


強い風の印象が強く残りました。写真では風の強さが分かりませんが、風の強さを、「大型観光バスが揺らされる」程といったら感覚を理解してもらえるでしょうか。


 
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posted by 鎌倉太郎 at 07:04| 神奈川 ☁| Comment(0) | 日記-ポルトガル旅行 | 更新情報をチェックする