2018年02月25日

ポルトガル紀行2018(14) - バターリャのバターリャ修道院(2)


第3日目でバターリャにある「バターリャ修道院(Batalha Monastery、Mosteiro de Santa Maria da Vitória)」の続きです。

「バターリャ修道院」の最後は「未完の礼拝堂(Unfinished Chapels)」で、ここは「ドゥアルテ1世(Duarte、Edward)」によって王家の第2の霊廟として15世紀に建設が始まりました。



エントランス部分がこちら




外形は八角形であり、エントランスを除いて7つの礼拝所を放射状に設置しています(こちら)。




礼拝堂のオリジナルの状態ではゴシック(Gothic)様式でしたが、16世紀初めにエントランスの部分だけマヌエル様式(Manueline)の豪華な装飾に改装しています(こちらこちらこちら)。








16世紀には「ルネサンスロッジア(Renaissance loggia)」が追加されています(こちらこちら)。




これは音楽家の為(?)と云われています。


 
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2018年02月24日

ポルトガル紀行2018(13) - バターリャのバターリャ修道院(1)


第3日目でトマール(Tomar、Thomar)の「キリスト教修道院(Convent of Christ)」に続いて、バターリャ(Batalha)にある「バターリャ修道院(Batalha Monastery、Mosteiro de Santa Maria da Vitória)」を訪れました。



「バターリャ修道院」は14世紀末から16世紀初めに掛けて建設、後期ゴシック建築(Gothic architecture)で、マヌエル様式(Manueline)も用いています(こちら)。


実際は満足した状態で完成した訳ではなく、リスボンの「ジェロニモス修道院(Jerónimos Monastery)」の建設に集中していた「ジョアン3世(John III)」によって、建設を中止しています。



上掲の写真で左側が入口です(こちら)


入口上の飾り迫縁(Archivolt)を拡大するとこちら




中に入った所(身廊)がこちら


柱は非常にシンプルで、「ジェロニモス修道院」の柱がいかに豪華であるか分かります。



こちらは「ジョアン1世(John I)」と王妃「フィリパ・デ・レンカストレ(Philippa)」の棺。



周囲には王子などの棺があります(こちら)。




こちらこちらこちらは「ジョアン1世の回廊(King John I Cloisters、Royal Cloister)」です。








こちらこちらは「アフォンソ1世の回廊(Cloister of King Afonso)」です。






大分長くなったので、残りは次回に。


 
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2018年02月23日

ポルトガル紀行2018(12) - トマールのキリスト教修道院(3)


第3日目のトマール(Tomar、Thomar)にある「キリスト教修道院(Convent of Christ)」の続きです。



前回の「サンタ・バルバラの回廊(Claustro de SantaBárbara)」の直ぐ隣に「ホステルの回廊(Claustro da Hospedaria)」があります(こちらこちら)






回廊についてはここまでとして、回廊の一部にあった小さな礼拝堂の飾りタイル「アズレージョ(Azulejo)」は綺麗に保存されていました(こちらこちら)。






こちらは修道士らの個室への通路です。


ここにも「アズレージョ」を張っています。



こちらは寄付が多かった修道士向けという説明があった部屋。


普通の(?)修道士の部屋は別にありました。



こちらは食堂、厨房はこちら






1カ所の観光として非常に中身の濃い時間だったと感じ、土産物売店を出てこちらの景色を見た時は、何かホッとした気持ちになりました。



 
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2018年02月22日

ポルトガル紀行2018(11) - トマールのキリスト教修道院(2)


第3日目のトマール(Tomar、Thomar)にある「キリスト教修道院(Convent of Christ)」の続きです。



「キリスト教修道院」には大航海時代の15~16世紀に掛けて寄進・増築した8つの回廊があったそうです。そのうち見学のできた幾つかの回廊について写真を掲載します。



ゴシック様式(Gothic art)の「墓の回廊(Claustro doCemitério)」は「エンリケ航海王子(Prince Henry the Navigator)」による増築です(こちらこちら)。




騎士団に所属する騎士と修道僧の墓所です。飾りタイル「アズレージョ(Azulejo)」は16世紀に改修しています。



ゴシック様式の「沐浴の回廊(Claustro da Lavagem)」も「エンリケ航海王子」による増築です(こちら)。




ジョアン3世の回廊(Claustro de D. João III[ポルトガル語])がこちらこちら






こちらの「サンタ・バルバラの回廊(Claustro de SantaBárbara)」の上部テラス(こちら)からは、有名なマヌエル様式(Manueline)の豪華な窓(こちらこちら)を見る事ができます。








航海と関連して地球儀・ロープ・鎖・貝などがテーマになっています。尚、黄色くなっている部分は苔です。



更に次回に続きます。


 
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2018年02月21日

ポルトガル紀行2018(10) - トマールのキリスト教修道院(1)


第3日目(実質2日目)は、トマール(Tomar、Thomar)にある「キリスト教修道院(Convent of Christ)」とバターリャ(Batalha)にある「バターリャ修道院(Batalha Monastery)」に行きました。

今回はトマールにある「キリスト教修道院」です。



12世紀の初代ポルトガル国王「アフォンソ1世(Afonso I)」の時代に、ムーア人(Moors)とのサンタレン(Santarém)の戦いに貢献した「テンプル騎士団(Knights Templar)」に、恩賞としてトマールの土地を与えたのが大転換の始まりで、「キリスト教修道院」の建設によりテンプル騎士団の本部としての役割を持つようになります。14世紀にローマ教皇がテンプル騎士団の活動を禁止すると、ポルトガル王「ディニス1世(Denis)」の保護により、「キリスト騎士団(Order of Christ)」として新たに組織されトマールを統治する様になりました。



「キリスト教修道院」建設の初期(12世紀)は対ムーア人の最前線であり、修道院の周囲は強固な城壁を築いています(こちら)。




二重の城門を抜けると広場の先に初期にテンプル騎士団が創建したロマネスク様式(Romanesque art)の円堂(Round church)が現れます(こちら)。


円堂は外側からは16面の多角形構造の教会です。

入口はマヌエル様式(Manueline)で豪華です(こちらこちらこちら)。ここからは入れませんでした。








内部の中央には八角形の構造があり(こちら)、その周りをまわる事ができます(こちら)。






内部は「マヌエル1世(Manuel)」の後援で15~16世紀に掛けて修復が行われ、ゴシック様式(Gothic art)/マヌエル様式の彫刻と絵画で飾られています(こちらこちらこちら)。








次回に続きます。


 
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2018年02月20日

ポルトガル紀行2018(9) - ロカ岬とリスボンの水道橋


第2日目の最後は(未だ観光の実質1日目!)、シントラに近いロカ岬(Cabo da Roca)でした。普通の灯台がある(こちら)以外何かある訳では無いのですが、ユーラシア大陸の最西端になります(こちら)。






切り立った崖が続き(こちら)、海は大西洋です(こちら)。





非常に強い風が吹いていました。現地ガイドは前日もロカ岬でガイドをしていたそうですが、立っていられない程に強かったとの事。



さてその現地ガイドをリスボン近くまで送った後、ホテルに帰る途中で高速道路を跨ぐローマ時代の水道橋(こちらこちら)にしては綺麗・・・




実は、「アグアス・リブレス水道橋(Águas Livres Aqueduct)」で18世紀の技術で作られています。



テージョ川を渡る為に「ヴァスコ・ダ・ガマ橋(Vasco da Gama Bridge)」を再び使ってホテルに向かいました。朝とは逆方向に見た所がこちら



 
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2018年02月19日

ポルトガル紀行2018(8) - シントラ宮殿(2)


第2日目のポルトガル王室の夏の離宮「シントラ宮殿(Palace of Sintra)」の続きです。



こちらが「紋章の間(Coats of Arms room、Sala da Brasões)」です。



天井は高くなっています(こちら)。




四面の壁は一品物の飾りタイル「アズレージョ(Azulejo)」を貼っています(こちらこちら)。






貢献した「ヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)」の紋章もあります(こちら)が、王の逆鱗に触れたのか抹消された部分がありました(こちら)。






こちらムデハル様式(Mudéjar)の中庭。




冷気を味わう様な場所が柱の中の空間があり、ここにも「アズレージョ」を施していました。




こちらが厨房です。




ここでの熱・煙はこちらの煙突から排出します。


前回掲載のこちらの写真では1本ですが、実際には一部だけが見える上掲のこちらの写真の通り2本あります。


 
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2018年02月18日

ポルトガル紀行2018(7) - シントラ宮殿(1)


第2日は更にリスボンを離れてシントラ(Sintra)に向かい、ポルトガル王室の夏の離宮「シントラ宮殿(Palace of Sintra)」を見学しました(こちら)。




街を見渡せる山腹にあります(こちらこちら)。






山頂には城壁も見られます(こちらの上部)。離宮は以前にここを治めていたイスラム教徒のムーア人(Moors)支配者の住居でした。




さて早速内部の様子です。

こちらこちらは晩餐会や舞踏会に使われた「白鳥の間(The Swan Room、Sala dos Cisnes)」です。






こちらこちらは「鵲の間(Magpie Room、Sala das Pegas)」です。





鵲(カササギ、Eurasian magpie)の絵は、次の『善意でキス』の弁解逸話と関連します。

『ある時、ジョアン1世は女官にキスしているところを王妃フィリパ・デ・レンカストレに見つけられた。王は『善意でキスしたのだ。』と弁解し、フィリパは何も言わなかったが、噂が女官たちの間で広まってしまった。王は、「おしゃべり」という意味のある鳥である鵲を部屋の装飾に用い、かつまたフィリパの実家ランカスター家の紋章である紅バラを描かせた。』(from Wikipedia)



寝室にも飾りタイル「アズレージョ(Azulejo)」を装飾で使っています(こちらこちら)。






まだ続きますが、次回。


 
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2018年02月17日

ポルトガル紀行2018(6) - リスボン市街


第2日目の次の目的地はシントラ(Sintra)観光で王宮とロカ岬を訪れるのですが、その前に昼食をとるレストランへ向かう為に旧市街と新市街を通りました(勿論、見せる市街を意識した昼食場所の設定と思いますが・・・)。


偶々、このタイミングでは観光バス前方の最も良い席を割り当ててもらいました(3日目以降は中間→後方に行きましたが・・・)。其処で撮った写真を掲載しておきます。



こちらは市街の道路状況です。




こちらは「ベレンの塔(Belém Tower)」から「ジェロニモス修道院(Jerónimos Monastery)」へ移動する際に直接行けなかった電車の線路です(人が渡る地下道はあるようです)。


上部には「4月25日橋(25 de Abril Bridge)」も見えます。



こちらの「リベイラ・ノーヴァ市場(Mercado da Ribeira[ポルトガル語])」の前に止まっている車は、ここへ食事に来る観光客の足になっているようです(詳細は不明)。




こちらは観光客に人気という年代物の路面電車「トラム(Trams)」です。



勿論、新型の路面電車も走っています・・・(こちら)




こちらは「コメルシオ広場(Praça do Comércio)」前にある通りの入口のアーチ「アルコ・ダ・ルア・アウグスタ(Rua Augusta Arch)」です。


ここは通過しただけです・・・



こちらは「ロシオ広場(Rossio Square)」です。


噴水右奥には「サンタ・ジュスタのリフト(Santa Justa Lift)」が見えます。リスボンは川辺から丘の上まで生活・居住地域が広がるので高低差を解決する為に設けられています。その他の手段として3カ所ほどのケーブルカーがありますが、観光バス中で案内された場所はビルの間の狭い空間にあったので、カメラを構える時間もありませんでした・・・Google地図のストリート・ビューで確認するとこちら




こちらは「リベルダーデ大通り(Avenida da Liberdade)」です。


リスボン大震災(1755 Lisbon earthquake)」以降、直線的な都市造りを心掛けたといいますが、その典型的な広くて直線の通りです。


広すぎてこちらのような余裕(?)の道路構造です。




そしてレストランでの食事。飲み物はこれでした。


ホワイト・ワインではありません。「Green Wine(Vinho Verde)」です。何が緑なのか・・・「若いワイン」という趣旨です。軽くて飲みやすかったので、これ以降食事するレストランで備えている場合には注文しました。しかし、土産にはできません。発酵がどんどん進んでしまうので、保管方法が難しいとの事。レストランでも栓を開けたらその場で全て空けるように注いでいました。



こちらにポイントとなる地点をGoogle地図に示しておきます。



 
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2018年02月16日

ポルトガル紀行2018(5) - 「ジェロニモス修道院」 修道院の回廊


第2日目の観光で「ジェロニモス修道院(Jerónimos Monastery)」の見学は、サンタマリア教会(Church of Santa Maria)を終えた後一旦西門から出て、別の入口から修道院(Monastery)部分に進みました。



回廊がこちら




その天井にあるマークで(こちら)、中央にあるこちらは地球のあらゆる場所に行っているという意気込みを示しています。






こちらは修道士の食堂。



ポルトガルでは飾りタイルを「アズレージョ(Azulejo)」といいます。大量生産する繰り返しパターンのものから、大規模な一点物が宮殿・修道院で使われるようになった例です(こちら)。




さて、回廊の中庭がこちら



上階も同様の回廊があり、同じく中庭を見た所がこちら




回廊の柱の装飾は豪華ですが、外壁も手が込んでいます(こちら)。




尚、回廊の上階からはサンタマリア教会の上階部分に行けます(こちら)。




「ジェロニモス修道院」を出た所で、直ぐ前の「プラサ・ド・インペーリオ庭園(Praça do Império、Jardim da Praça do Império)」の中央噴水がこちら



 
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