2012年05月04日

悠久 トルコの旅(2):ダーダネルス海峡をフェリーで渡る【訂正】


成田国際空港からイスタンブール(アタテュルク国際空港、Atatürk International Airport、[トルコ語] Atatürk Havalimanı)まで12時間強かかりました。今回はイスタンブール(今後は全て言い慣れた「イスタンブール」とします)上空で旋回・待機もありました(こちら)。


成田空港を昼過ぎの出発でしたが、アタテュルク国際空港から直行してホテルに着いたのが、現地時間同日の20:00頃。イスタンブール(北緯41度)の気候はこちらのように東京(北緯35度)より寒いと考えていたのですが、(今年の東京が寒すぎたのか)寧ろ暖かいと感じました。




第2日目は朝7:30にホテルを出発、一路トロイ遺跡に向かいました。

所でトルコの世界遺産は、自宅近くの図書館で借りた2008年2月発行の「地球の歩き方」では9でしたが、2011年に増えて10になっていました。今回観光するのはその内の4ヶ所で、トロイ遺跡も世界遺産に入っています。
現地ガイドによると、歴史のある国だけあって候補は多数あり、観光スケジュールに入っているエフェソス(Ephesus、[トルコ語]Efes、エフェス)遺跡も未だ登録されていません。

ツアーの概略行程はこちらのGoogle地図の通りです(移動道路は、必ずしも実際の道のりと一致しません)。


より大きな地図で トルコ旅行2012年行程(予定) を表示



ホテルからマルマラ(Marmara)海のヨーロッパ側を西に進んでゲリボルという町からフェリー(こちら)で対岸のアジア側に渡りました。ここはダーダネルス海峡(Dardanelles、トルコでは近くの都市名に因んでチャナッカレ海峡、Çanakkale Boğazıと呼んでいる)で、海峡の延長は約60km、幅は1.2から6kmで、フェリーの航路としては4kmほど30分でした。良い天気であった事もありますが、海は非常に穏やかでフェリーの旅を楽しみました(こちらを参照)。





ダーダネルス海峡はこちらのように地中海につながるエーゲ海と黒海につながるマルマラ海を結ぶ狭い海峡で、古くから戦略上重要な地域でした。例えば第一次世界大戦時の「ガリポリの戦い」があります。この時に活躍したオスマン帝国のムスタファ・ケマル・アタテュルク(Mustafa Kemal Atatürk)准将(当時)がトルコ共和国の建国の父と呼ばれる事になり、今でも非常に尊敬されています(イスタンブールの玄関となる空港はアタテュルク国際空港)。議会から送られた名前アタテュルクは「父なるトルコ人」を意味しています。


軍事上で重要な地点であれば、交易上でも重要な航路となっていた訳で、狭い海峡は通行税を徴収し易い地形なのです。去年訪問したデンマーク・コペンハーゲン近郊のクロンボー城も(年代、方法は違いますが)通行税徴収の役割を担っていました(こちらを参照)。近くにある都市チャナッカレÇanakkaleのkaleは「城」を意味します。



トルコはこちらのように地域を別けていますが、トロイ(Troy)遺跡(イリオス遺跡)はマルマラ海沿岸地方であるダーダネルス海峡沿いの都市チャナッカレの郊外にあります。


トロイは(当時)海辺にあった為に交易で栄えました。(現状は)9層まで確認されていますが、何層にも渡って城壁・街が作られたのは地形・地勢的に良かったからでしょう。因みに現状では海から2 4.5kmほど離れていて(こちら)、ローマ帝国時代には海岸線が後退した為に街は遺棄されて忘れ去られました。

(栄えた当時の海が畑になっている・・・)

トロイ遺跡については次回に投稿します。



【訂正】 2012年05月09日 19:00 トロイ遺跡の位置、海岸との距離を訂正


 
ラベル:トルコ TURKEY
posted by 鎌倉太郎 at 23:06| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記-トルコ | 更新情報をチェックする
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