成田国際空港からイスタンブール(アタテュルク国際空港、Atatürk International Airport、[トルコ語] Atatürk Havalimanı)まで12時間強かかりました。今回はイスタンブール(今後は全て言い慣れた「イスタンブール」とします)上空で旋回・待機もありました(こちら)。
成田空港を昼過ぎの出発でしたが、アタテュルク国際空港から直行してホテルに着いたのが、現地時間同日の20:00頃。イスタンブール(北緯41度)の気候はこちらのように東京(北緯35度)より寒いと考えていたのですが、(今年の東京が寒すぎたのか)寧ろ暖かいと感じました。
第2日目は朝7:30にホテルを出発、一路トロイ遺跡に向かいました。
所でトルコの世界遺産は、自宅近くの図書館で借りた2008年2月発行の「地球の歩き方」では9でしたが、2011年に増えて10になっていました。今回観光するのはその内の4ヶ所で、トロイ遺跡も世界遺産に入っています。
現地ガイドによると、歴史のある国だけあって候補は多数あり、観光スケジュールに入っているエフェソス(Ephesus、[トルコ語]Efes、エフェス)遺跡も未だ登録されていません。
ツアーの概略行程はこちらのGoogle地図の通りです(移動道路は、必ずしも実際の道のりと一致しません)。
ホテルからマルマラ(Marmara)海のヨーロッパ側を西に進んでゲリボルという町からフェリー(こちら)で対岸のアジア側に渡りました。ここはダーダネルス海峡(Dardanelles、トルコでは近くの都市名に因んでチャナッカレ海峡、Çanakkale Boğazıと呼んでいる)で、海峡の延長は約60km、幅は1.2から6kmで、フェリーの航路としては4kmほど30分でした。良い天気であった事もありますが、海は非常に穏やかでフェリーの旅を楽しみました(こちらを参照)。
ダーダネルス海峡はこちらのように地中海につながるエーゲ海と黒海につながるマルマラ海を結ぶ狭い海峡で、古くから戦略上重要な地域でした。例えば第一次世界大戦時の「ガリポリの戦い」があります。この時に活躍したオスマン帝国のムスタファ・ケマル・アタテュルク(Mustafa Kemal Atatürk)准将(当時)がトルコ共和国の建国の父と呼ばれる事になり、今でも非常に尊敬されています(イスタンブールの玄関となる空港はアタテュルク国際空港)。議会から送られた名前アタテュルクは「父なるトルコ人」を意味しています。
軍事上で重要な地点であれば、交易上でも重要な航路となっていた訳で、狭い海峡は通行税を徴収し易い地形なのです。去年訪問したデンマーク・コペンハーゲン近郊のクロンボー城も(年代、方法は違いますが)通行税徴収の役割を担っていました(こちらを参照)。近くにある都市チャナッカレÇanakkaleのkaleは「城」を意味します。
トルコはこちらのように地域を別けていますが、トロイ(Troy)遺跡(イリオス遺跡)はマルマラ海沿岸地方であるダーダネルス海峡沿いの都市チャナッカレの郊外にあります。
トロイは(当時)海辺にあった為に交易で栄えました。(現状は)9層まで確認されていますが、何層にも渡って城壁・街が作られたのは地形・地勢的に良かったからでしょう。因みに現状では海から
(栄えた当時の海が畑になっている・・・)
トロイ遺跡については次回に投稿します。
【訂正】 2012年05月09日 19:00 トロイ遺跡の位置、海岸との距離を訂正









