2012年01月16日

2012年正月旅行として奈良に行ってきました(9) - 元興寺


3日目の行程は春日大社から新薬師寺・白毫寺(白豪寺、びゃくごうじ)など市街地の東山裾と市街地にある元興寺などでした。Google地図ではこのようになります。前回の投稿は百毫寺から市街地に戻り元興寺に行く途中で昼食を頂いた奈良ホテルでした。今回は最後に訪れた元興寺です。



より大きな地図で 2012年新年奈良の旅(第2日:) を表示




元興寺(がんごうじ)も、2日目に訪れた西大寺と同じく南都七大寺の1つに数えられるとの事ですが、現在は訪れた旧「元興寺極楽坊」の本堂と僧坊や近くの別の元興寺以外ぐらいになっているといいます。

ウィキペディアによると「寺域は南北4町(約440メートル)、東西2町(約220メートル)と南北に細長く、興福寺の南にある猿沢池の南方、今日「奈良町(ならまち)」と通称される地区の大部分が元は元興寺の境内であった。猿沢池南東側にある交番のあたりが旧境内の北東端、奈良市音声館(奈良市鳴川町)のあたりが旧境内の南西端にあたる」との事なので、Google地図でプロットしてみたのがこちら(距離データと合わないようですが・・・)。



より大きな地図で 元興寺の創建時の伽藍の範囲 を表示




さて、現在の旧「元興寺極楽坊」ですが、東門を入ると正面に本堂(極楽堂)があります(こちらこちらを参照)。




東門(手前)と本堂(奥)






本堂の奥には僧坊(禅室)がありますが、その一部の瓦(本堂側の色が変わっている部分)は飛鳥時代のものだそうです(こちら。本堂の一部瓦も)。






収蔵庫に保存された「五重小塔」がこちら(これは借用写真)。ウィキペディアに「海龍王寺の五重小塔は、奈良時代の作であるものの内部構造は省略されているため、現存唯一の奈良時代の五重塔の建築様式を伝える」とありますが、そう云われてみれば、海龍王寺の五重小塔には五重塔にあるという心柱がありませんでしたが、元興寺の五重小塔にはそれらしきものがありました(こういう点を言っているという確証はありません・・・)。





これで2012年奈良の正月旅行記(?)も完結ですが、奈良の観光情報をこちらにまとめましたので、利用してみてください。


 
ラベル:奈良 NARA
posted by 鎌倉太郎 at 13:37| 神奈川 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記-日本の旅 | 更新情報をチェックする
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